思い出の 片言 一生懸命伝えようとする可愛らしさ
次女のが2歳だったころ、次女との会話には、通訳が必要でした。
今日は少し寒いかなっと、上着を着せて外に出た日。
「寒い、寒いよ~。」
と言えば、当然ママは
「あ、寒いかぁ。中に入る?」
すると、強い目をして主張します。
「いやだ!」
そして、もぞもぞと上着を脱ぎます。
あ、そっか、寒いと暑いを逆に覚えてるんだっけ。
母親でさえ、ややこしい。
長女が虫に刺されたらしいので、かゆみ止めをつけていました。
「次女ちゃんも~。痛い。痛い~~。」
「どうしたの?」
すると甘えた顔をして、次女は、先日ころんですりむいた膝を出します。
「やぶれたから、痛い~。」
やぶれた? ズボンが?
あ、もしかして、肌が破れたのか?
つまり、怪我をしたってことね。
片言の言葉を使って、一生懸命、意志を伝えようとする次女。
その不自由さが、とっても可愛いのです。
親として子育てしていたら、思い出の片言があります。
可愛い声で、一生懸命伝えようとするからこそ、愛らしい。
そんな思い出が、中学生になった次女を見ていても、時々ふわっと思い出されます。